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6/26 ダビスタ
6/28 春のオープン戦(vs豊田自動織機)
6/30 最終日
うちの親父は昭和20年終戦直前に生まれています。
そんな親父も今年還暦を迎え、定年を迎えました。
親父もお袋も、所謂「戦争を知らない子供達」と歌われた世代です。
そんな戦争を知らない子供達の子供達、さらにその子供達が育ってきています。
社会の主役となっていっています。
僕が小学生の頃はまさに戦後教育のまっただ中です。
日本はアジア諸国に対して残虐行為を働いた。
日本は戦争に対する責任は果たせていない。
日本はとても勝てそうにない狂気の戦争を行った。
そんな言葉ばかりが8月の登校日に、修学旅行の度に先生方の口から発せられていた時代です。
国粋的な考えが悪とされタブーとされ格好悪いとされた時代に育ちました。
今思うと左翼的思想に偏った平和教育を受けていたようにも思います。
がバランスは欠いたにしろ、それが僕たちの基礎知識になっているのです。
時代は移っていくのですね。
北朝鮮に対する報道。
中国・中国の反日感情に関する報道。
自衛隊の海外での活動に関する報道。
なんとも喧嘩腰。
Blogなどでも
「中国は信用ならない国。」
「韓国なんか民度が低い。」
「日本には交戦権があり・・・。」
などという言葉が飛び交っています。
我々は先の戦争で何を学んだのでしょう?
日本という国家の愚かさでしょうか?戦争の悲惨さでしょうか?
それとも「戦争は勝たなければ意味がない」と言うことでしょうか?
僕は戦争をしていた頃思春期を過ごしていた方の話を聞くのが好きです。
今までに自分の祖父母を始め色んな方に戦争が起こるまでの日常生活などを聞いてきました。
そして誰の話を聞いても感じるのは、戦争が起こる前でも極普通に現代と同じような時間が流れていたと言うことなんです。
いつも同じ質問をします。
「戦争が起こる前、、、昭和10年から15年頃日本がアメリカと戦争することが予測できましたか?」
答は皆さん
「まさか。今も忘れませんよ。戦争が始まったって言う報告が授業中に先生からされた昭和16年12月8日。みんなから一斉に
『え?!』って言う声が上がったんですよ。」
と言う物なんです。
誰もが望まなかった戦争が何故起こったのか?
一部の人間の狂気が生み出した物なのか?
「財閥」と呼ばれる一部の金持ちが自分たちの利益のために引き起こしたのか。
机上の空論に酔いしれ思考停止してしまった陸軍上層部が起こしたのか。
何も言わず、何も見えないふりをしていた人々が引き起こしたのか。
戦争とは、悲惨でなにももたらさない大量殺戮とは、何か一つの原因で起こってしまう物ではないのです。
複雑に人々の無知が折り重なって戦争を起こしてしまうのです。
人間はどこまでも愚かな物なんです。
隣国の言動気になるでしょう。
隣国の行動気に障るでしょう。
しかしそれに合いの手で応じてどうするんですか。
「あったあった。俺たちにもそう言う時期がさ。他の民族が変に低俗に見える時期が。
でもそういうのって足下が見えてない証拠なんだよ。俺たちも自分たちの事、見えなかったもんね。」
と態度を示すぐらいでないでどうするんですか。
先の戦争、とかく悪いことばかりが注目されます。日本は愚かでした。
残虐でしたし、無知でした。
しかし同時に意義のあったことは意義があったとセットでそろそろ伝えても良いはずです。
今の子供達にとって戦争は我々が想像する以上に遙か昔のこととなっているのですから。
いくら自分たちの非を強調し、「謝罪を謝罪を」と言ったところで、子供達の心には届かないでしょう。
正負陰陽の両面があったことを伝えないと子供達には「歴史」にすらならないただの眠たいいやな話なのです。
そしてヒューマニズムに訴えるだけでは、全く意味をなさないのです。
何故ならそのヒューマニズムさえも現実を見る目を曇らせ論理的な判断を妨げ、さらには人々を戦争へと向かわせるからです。
隣にいる韓国人はそんなにおかしな人間ですか?
どれだけ中国人を知っているのですか?
竹島の日が制定された日が韓国にとってどういう意味を持っているか知っていますか?
立憲君主制とは何か知っていますか?
戦前の経済状況を知っていますか?
学びましょう。
知りましょう。
隣人のこと、敵のこと、大国のこと、小国のこと、今のこと、昔のこと、そして自分のこと。
「これが正しい」と思うことなく常に疑問を投げかけ物事を多面的にとらえましょう。
そうすれば戦争がいかに無益か、損ばっかりするか、面白味に欠ける物か理解できるでしょう。
それが唯一、人間を戦争から遠ざける手段だと思います。
戦後60年を迎えた平成17年8月15日に。
そんな親父も今年還暦を迎え、定年を迎えました。
親父もお袋も、所謂「戦争を知らない子供達」と歌われた世代です。
そんな戦争を知らない子供達の子供達、さらにその子供達が育ってきています。
社会の主役となっていっています。
僕が小学生の頃はまさに戦後教育のまっただ中です。
日本はアジア諸国に対して残虐行為を働いた。
日本は戦争に対する責任は果たせていない。
日本はとても勝てそうにない狂気の戦争を行った。
そんな言葉ばかりが8月の登校日に、修学旅行の度に先生方の口から発せられていた時代です。
国粋的な考えが悪とされタブーとされ格好悪いとされた時代に育ちました。
今思うと左翼的思想に偏った平和教育を受けていたようにも思います。
がバランスは欠いたにしろ、それが僕たちの基礎知識になっているのです。
時代は移っていくのですね。
北朝鮮に対する報道。
中国・中国の反日感情に関する報道。
自衛隊の海外での活動に関する報道。
なんとも喧嘩腰。
Blogなどでも
「中国は信用ならない国。」
「韓国なんか民度が低い。」
「日本には交戦権があり・・・。」
などという言葉が飛び交っています。
我々は先の戦争で何を学んだのでしょう?
日本という国家の愚かさでしょうか?戦争の悲惨さでしょうか?
それとも「戦争は勝たなければ意味がない」と言うことでしょうか?
僕は戦争をしていた頃思春期を過ごしていた方の話を聞くのが好きです。
今までに自分の祖父母を始め色んな方に戦争が起こるまでの日常生活などを聞いてきました。
そして誰の話を聞いても感じるのは、戦争が起こる前でも極普通に現代と同じような時間が流れていたと言うことなんです。
いつも同じ質問をします。
「戦争が起こる前、、、昭和10年から15年頃日本がアメリカと戦争することが予測できましたか?」
答は皆さん
「まさか。今も忘れませんよ。戦争が始まったって言う報告が授業中に先生からされた昭和16年12月8日。みんなから一斉に
『え?!』って言う声が上がったんですよ。」
と言う物なんです。
誰もが望まなかった戦争が何故起こったのか?
一部の人間の狂気が生み出した物なのか?
「財閥」と呼ばれる一部の金持ちが自分たちの利益のために引き起こしたのか。
机上の空論に酔いしれ思考停止してしまった陸軍上層部が起こしたのか。
何も言わず、何も見えないふりをしていた人々が引き起こしたのか。
戦争とは、悲惨でなにももたらさない大量殺戮とは、何か一つの原因で起こってしまう物ではないのです。
複雑に人々の無知が折り重なって戦争を起こしてしまうのです。
人間はどこまでも愚かな物なんです。
隣国の言動気になるでしょう。
隣国の行動気に障るでしょう。
しかしそれに合いの手で応じてどうするんですか。
「あったあった。俺たちにもそう言う時期がさ。他の民族が変に低俗に見える時期が。
でもそういうのって足下が見えてない証拠なんだよ。俺たちも自分たちの事、見えなかったもんね。」
と態度を示すぐらいでないでどうするんですか。
先の戦争、とかく悪いことばかりが注目されます。日本は愚かでした。
残虐でしたし、無知でした。
しかし同時に意義のあったことは意義があったとセットでそろそろ伝えても良いはずです。
今の子供達にとって戦争は我々が想像する以上に遙か昔のこととなっているのですから。
いくら自分たちの非を強調し、「謝罪を謝罪を」と言ったところで、子供達の心には届かないでしょう。
正負陰陽の両面があったことを伝えないと子供達には「歴史」にすらならないただの眠たいいやな話なのです。
そしてヒューマニズムに訴えるだけでは、全く意味をなさないのです。
何故ならそのヒューマニズムさえも現実を見る目を曇らせ論理的な判断を妨げ、さらには人々を戦争へと向かわせるからです。
隣にいる韓国人はそんなにおかしな人間ですか?
どれだけ中国人を知っているのですか?
竹島の日が制定された日が韓国にとってどういう意味を持っているか知っていますか?
立憲君主制とは何か知っていますか?
戦前の経済状況を知っていますか?
学びましょう。
知りましょう。
隣人のこと、敵のこと、大国のこと、小国のこと、今のこと、昔のこと、そして自分のこと。
「これが正しい」と思うことなく常に疑問を投げかけ物事を多面的にとらえましょう。
そうすれば戦争がいかに無益か、損ばっかりするか、面白味に欠ける物か理解できるでしょう。
それが唯一、人間を戦争から遠ざける手段だと思います。
戦後60年を迎えた平成17年8月15日に。
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